天宥別当秘宝展開催中です!→終了しました!

下記終了しました!
ご来館いただいた皆様、どうもありがとうございました!

 

出羽三山丑歳御縁年特別企画展示
「天宥別当秘宝展」を開催中です。

■会期:2009年6月10日(水)~同9月7日(月)
■会場:いでは文化記念館
■開館時間:9:00~16:30
■休館日:火曜日(7・8月は無休)
■入館料:大人400円/髙・大生300円/小・中生200円
(15名さま以上団体料金50円引)

中世において熊野・吉野とともに日本三霊場の一つと誇った羽黒山は、戦国の武力抗争に巻き込まれ荒廃してしまいます。また、湯殿山に対する信仰が盛んになり、羽黒山を拠点とする羽黒派修験道は大きな混乱を招くことになります。こうしたお山の建て直しに心血を注ぎ、一生を捧げたのが羽黒山第50代執行別当・天宥です。

天宥法印は寛永7(1630)年から寛文8(1668)年に至る在任39年間、一山の発展に全力を注ぎました。彼は徳川幕府の「黒衣(こくい)宰相(さいしょう)」と言われた天海大僧正の権力と結びつき、様々な改革をスムーズに遂行していきます。幕府が天台宗であることにより、羽黒一山も真言宗から天台宗に改宗。また、熊野・吉野勢力と奪い合いになっていた羽黒山伏の活動エリア(霞場(かすみば))を確立し経済力、支配下山伏に対する権威を回復させました。そのほか石段の敷設、杉の植林、不動瀧(今の須賀(すが)の瀧)、南谷の造営など、境内(けいだい)の荘厳を図りました。

しかし最大の課題であった湯殿山支配はついに果せないまま、反対派の策謀にあって伊豆の新島に流罪となり、同島で悲運の死を遂げました。

彼は芸術的な才能にもすぐれ、羽黒山には多くの作品が残されています。出羽三山丑歳御縁年の本年、未公開作品も含む天宥法印のこれらの秘宝をその業績とともに一挙公開し、天宥別当がこだわった「湯殿山」についても考える機会となれば幸いです。

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最終更新 2010年8月05日(木曜日)  
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