羽黒山

出羽三山は第32代崇峻天皇の皇子・蜂子皇子が593年に開山したといわれる。
権力争いの中で、蜂子皇子の身に父と同様、蘇我馬子の毒手が及ぶのを恐れた聖徳太子が宮中を脱出することを勧めた。
その勧めと協力により、密かに宮廷を遁れた皇子は各地を遍歴したのち、593年、出羽国由良の浜で神楽を舞う8人の乙女に出会う。
その乙女に促され3本足の八咫烏(やたがらす)に導かれて、老樹が鬱蒼と茂った羽黒の阿久谷(あこや)に辿り着いて修行した後、出羽三山を開山したといわれる。
羽黒山の山名は、皇子を導いた大烏に因んで名付けられたといわれ、現在の世を生きる人々を救う仏を祀り、出羽三山の中で里宮としての役割を持つことから「現在の世を表す山」といわれる。
三山を巡る『生まれかわりの旅』の入り口で、西の祓川と東の立谷沢川に挟まれた海抜414mの緩やかな丘陵である。
山頂に建つ出羽神社は三神合祭殿と呼ばれ、月山、羽黒山、湯殿山の三神を祀り、積雪のため冬期間参拝が困難な月山、湯殿山神社の里宮としての役割をなす。
スギ並木参道にそびえ立つ国宝五重塔を筆頭に重要文化財や史跡・名勝なども多い。